鉛色の空から雪がちらほら舞い降りる中、車を丸山谷へ向けて走らせます。


 アレレ?! ゲートがあるよ。 丸山谷まで入れるんじゃないの?!

 だいぶ手前に第一のゲートがあり、思わずうなってしまいました。


 上手くいけば1泊2日で登ってこようと思っていた僕たちは、林道10km弱の事を考えると、

 笑うしかありませんでした。



 しょうがない、行こう! 気持ちを入れ替えて用意をしていると、ジムニーの男性が来て、ゲートの鍵を開けて

車を中に入れていました。 男性に訊いてみると猟に来たそうで、今年の8月から許可車以外はこのゲート先に入れない

のだそうです。


 男性にお願いして、次のゲートまで乗せて行ってもらいました。


 男性はこの道20年のベテラン猟師。


 助手席にはライフルが置かれています。

   
   「ちょっと途中でやりながらいくから」と言って、ライフルに装弾してから発車です。


 男性の車は爽快な速さで林道を駆け抜けて行きます。 


   彼の狙いは猪だそうです。鹿は二番手らしい。



 「お、いたいた」よくこの速度で運転しながら獲物を見つけるなぁ。 男性の目を追って、右の谷を見やる

と、小さな鹿が2頭いました。


  「まだ小さいなあ。大きくなれよ!」そう言った男性は、数秒の後車を止めて、ライフルを手にし出て行って、

ほんの数秒以内に2発発砲。 照準器も見ないで連射したら車に戻ってきました。


  「仕留めたんですか?」

  「うん、2頭。」「1頭はけっこう下に落ちて行ったから引き上げるの大変だなぁ」


 <大きくなれよ>という言葉の後から発砲までの数秒間、男性の頭の中でどんな変化があったのでしょう…



 
  「猟師の免許を取るにはどのくらい費用がかかるんですか?」

  「21万円かな。それに銃が20万円程度。」

  「そんなにかかるんですか」


 
  「さっきのゲートあったでしょ。あれは今年の八月、俺と仲間の車に落石があったの。


   俺達の数十センチ隣に落ちてきたんだ。 それから一般車は入れなくなったのよ。」


  「体は大丈夫だったんですか?」


  「うん、でも車はお釈迦。」



 数分の後、男性が落石を受けた場所を通りかかりました。 結構大きな落石です。落石防止ネットも一緒にぐしゃぐしゃになって、道端に落ちていました。 貴方無事でよかったですね…。



 第二のゲートの鍵は持っていないそうで、そこで僕らは降ろしてもらいました。


 僕らは準備不足そのもの、仙丈ヶ岳の地形図は持っていたものの、その隣、つまり丸山谷出合までの

地形図は持っていませんでした。


 ガイドブックの概念図を頼りに歩き出しましたが、今一自分たちがどこにいるかよく分かりません。


 途中に何か所かで林道が別れていて、勘で路を決めて行きましたが、2時間近く歩いた頃、やっぱり

ここは違うんじゃないか。そんな疑惑が強まってきました。


 高度計はすでに丸山谷の標高を越えています。なのに地形は全然丸山谷と違います。


 「これ違うよね」

 「雪もひどく降って来たね」

 「どうする?」

 「……」


 「止めた方がいい気がするな」


 「よし、そういう時は止めた方がいいです。止めましょう」


 「ハハハ!」「ハハハ!」 


 もうこんな所で迷っていては1泊2日どころか2泊3日も危うくなりそうです。


 しかも粘って登り続けた末、違う山に出てしまったら、余計心に傷が付きそうです。



 そして笑いながら来た道をスタスタ帰って行くのでした。


 「僕、モチベーション空になっちゃいました(笑)」


 「東京帰ろうか、また今度出直そう」



 こうして僕らの不手際登山は幕を閉じたのでした。